最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1619号 判決 1949年3月29日
主文
本件上告を棄却する
理由
辯護人沖田誠の上告趣意第一點(一)について。
論旨は、原判決が證據として採用した被告人に對する豫審第一回訊問調書中の供述記載の證據能力を否定しているけれども、その理由として主張するところは、何れも採用しがたい。
(イ) 成程、右の供述は被告人の勾留中になされたものであるけれども、その故を以て所論のように任意になされたものでないとか、強制による供述であるとかいうことはできない。
(ロ) 證據とせられる書類にについては、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與へなければならないという刑訴應急措置法第一二條の規定は、被告人の供述を録取した書類については、その適用のないこと明文の示す通りであるから、右の豫審訊問調書の作成者を訊問し得ることを被告人に告知すべきであつたという所論は、理由がない。
(ハ) 原審第三回の公判調書には、「各訊問調書」その他の證據書類の「各要旨を順次告げ」と記載しあり、公判手續を更新した第四回の公判調書には、「第三回公判調書記載の各書類」その他の證據書類の「各要旨を順次に告げ」た旨の記載がある。即ち所論のように各訊問調書を「一括してその要旨を告げた」のではなくて、「各要旨を順次に告げ」たというのであるから、訊問調書の一つである右の豫審訊問調書についても、個別的に適法な證據調がなされたことが窺われる。所論のような證據調の違法はない。
(ニ) 裁判所が被告人の自白とその他の證據とを綜合して犯罪事実を認定するにあつては、その犯罪事実の全部にわたつて自白以外の傍證を必要とするのではなく、一部分については自白が唯一の證據であつても違法でないこと、當裁判所の屡次の判例(昭和二二年(れ)第一三六號、同年一二月一六日言渡第三小法廷判決。昭和二二年(れ)第一五三號、同年六月九日言渡大法廷判決等參照)の示す通りである。從つて本件のように、被告人が左手拳で被害者の右頭部を毆つたという點については被告人の自白以外に證據がなくとも、犯罪事実全體としては他に幾多の證據がある場合に於ては、原判決のような事実の認定をすることは、些つとも違法ではない。
これを要するに論旨第一點(一)の各主張は何れも理由がない。(その他の判決理由は省略する。)
以上の理由により刑事訴訟法施行法第二條、旧刑事訴訟法第四四六條に從い主文の通り判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)